■以前、

「感情物理学」

というタイトルで、

「感情エネルギーは、物理エネルギーと同じように作用する」

と書いたことがあります。

心の正体「感情」のシンプルなメカニズム

感情エネルギーは物理エネルギー

感情物理 実践編 「真剣さのエネルギー」

感情物理 実践編 「頼みごとをした後」は終始同態で

感情物理 実践編 「心は感情が湧き出る器」

感情物理 実践編 「心の器の大きさと軟らかさ」

簡単に言えば、

自分が得ている情報によって関心が高まり、

そのことに思いや行動や時間を注げば、

そのことに関わる情報がさらに増えるので、

より一層、関心が高まってゆく、という構造がある、ということです。

反対に、自分に情報が届かないことや、

届いても情報が乏しければ、

そのことに人は関心を持ってゆかれることはありません。

そして、その関心の強弱は、

好きか嫌いかによって異なることはありません。

冷静に考えれば別れた方が良いとわかっていても、

それまでに蓄積した情報量が多ければ多いほど、

簡単に関心を遮断することは難しくなります。

また、強烈につらい思い出しかない時代を過ごした場所でも、

時間が経つと、

郷愁とともに、懐かしく感じられてくることもあります。

好きか嫌いか、善か悪か、幸か不幸か、正しいか間違っているかと関係なく、

親しんだ事柄に心懐いてしまう心の性質を、

「執着」

と呼ぶことができるでしょう。

■人があることに執着を抱けないのは、

そのことについて、関心を持つ機会がなかったからです。

反対に関心を持つ機会があれば、

執着を抱くようになる可能性が生まれます。

たとえば、

自分が希望してもいないのに、突然配置換えがあり、

新しい部署の立ち上げを担当させられたとします。

さしてやりたかったことではないので、不本意でしたが、

一生懸命、その業務に力を注いでいたものの、

またもや、突然の配置換えで、

その部署の立ち上げから離れることになりました。

そのため、いまはすでに部署立ち上げは自分の担当ではありませんが、

やはり、いっとき一生懸命力を注いだ以上、

その部署の立ち上げ準備が、

「いまどうなっているのか?」

「うまく進んでいるのか?」

「いまの担当者が困っていたら力になれることはないか?」

と、気にならない人はいないのではないでしょうか?

これも執着です。

また、

人を恨んでも

何一つ得なことはなく、

それどころか人を恨むと言う不健康な心理状態の時間を

わざわざ過ごして、

良いことなど一つもないとわかっていつつも、

恨みで自分の頭の中をいっぱいにして、

人生のうちの大事な時間を黒い感情で塗りつぶしてしまうのも、

執着のなせるわざに他なりません。

というわけで、

この執着は、

理屈抜きで人間の心を左右する、強烈な心理作用だということがおわかりでしょう。

■さて、職場においては、

経営者・上層部・管理職は、部下職員に対して、

「もっと〇〇に関心を持って欲しい」

「もっと〇〇に関する意識を高めて欲しい」

と思うものですが、

この「執着」という心理作用を起こすことなく、

「関心を持て」

といくら言っても、まったく刺さらない、ということを

踏まえておいた方が良いでしょう。

「なぜ危機感を覚えないのか?」

「なぜ責任を感じないのか?」

「なぜ自分の問題としてとらえられないのか?」

と思った時に、

説明やデータを駆使して、理解させようとしても、

相手の心がまったく動いていない、ということがあるでしょう。

では、どうすれば良いか?

そのことに、思いや労力や時間を注がせて、

執着を持つような環境条件の中に放り込む、ということです。

たとえば、

「この問題の解決は、きみだけの特命ミッションだ。

2年をめどに、病院全体を動かす対策プロジェクトを

立ち上げて欲しい」

と、任せてみるという方法も考えられます。

あるいは、

「この問題は、うちの病院ではきみが第一人者だからな」

「きみが病院を導けるかどうかが運命を分けるぞ」

と、外からの意味づけをします。

そして、その部下職員が動き出した時、

もし上司が、正解を知っていたとしても、

本人の思うように取り組ませることになります。

たとえ、

「その調査は無駄だ」

「その方法は役に立たない」」

と知っていても、管理職は、口を出さずに、部下職員の思うようにやらせることです。

それが有効であれ、無駄であれ、

思いと時間と労力を注いげば注ぐほど、

部下職員本人の内発的な関心すなわち執着が強くなるからです。

■NLPでは、

自分に動機づけしたければ、

「動機となる概念をイメージし、

なんらかのアクションをしながら、

言葉で口から発することを繰り返すと、

その概念が、深く無意識の中に刻まれる」

としています。

五感と概念を同時に体感すれば、

五感によって概念を鮮やかに思い出すので、

いつでも五感によって鮮明に動機を思い出させることが可能となる、と言います。

要するに、自分が、

「鈴の音を聞くとご飯を食べたくなる」

パブロフの犬になれれば、

鈴の音ひとつで、自分の食欲を鼓舞できる、という理論です。

しかし、

「鈴の音を聞く」

という受け身で一過性の
刺激よりも、

自分自身がみずから動き回り人と話すなどして、

多大な思いと労力と時間を注ぐという能動的な行動の方が、

はるかに大きな執着が生まれるであろうことは、

みなさんにとっても想像にやすいでしょう。

■もし、部下職員に、

「実情を踏まえて的を射た意見を言って欲しい」

と思うなら、

その事案に巻き込んで、執着を持たせることです。

「プロとしての哲学を持って真剣に臨んで欲しい」

と思ったら、

その事案に巻き込んで、執着を持たせましょう。

「責任を持って関わって欲しい」

と思ったら、

その事案に巻き込んで、執着を持たせることをお勧めします。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。