■病院の中には、人事評価制度が設けられ、

細かく評価項目が定められている、ということがあります。

 

「積極的に業務に取り組んだか」

 

「周囲との協調性があったか」

 

「責任感をもって業務を遂行したか」

 

「創造性を発揮したか」

 

「つねに生産性を意識していたか」

 

「気持ちの良い職場づくりを心がけたか」

 

……などなどの項目が用意されていて、

各項目について、

上司が、自分の部下それぞれを対象に、

5段階、あるいは7段階で採点する、ということがあります。

 

各階層別の評価項目をつくっている場合には、

 

「部長職として、部門全体の動きをつぶさに観察し、必要に応じて方向性を指し示したか」

 

「課長職にふさわしい広い視野を持ち、困難な事態にも、高度な判断力を持って、充分適切に対処できたか」

 

「課長職として、自部署の問題点を明確にして、部下の問題意識を喚起して改善に努めたか」

 

「主任として、副主任と協力して部下・後輩の手本としてふさわしい言動をしたか」

 

「副主任として、主任をサポートし、部下・後輩の相談に親身に乗ったか」

 

……などなどの項目でしょうか。

 

また、理念を強調している組織においては、

 

「当院の理念をつねに意識した言動を心がけていたか」

 

「当院の理念を充分に理解し、部下に伝えていたか」

 

「つねに当院の理念に基づいた患者対応を実践したか」

 

……といった項目が定められていることもあります。

 

■これらの、一見、精緻な評価項目に、

いったい何の意味があるのでしょうか?

 

というのも、多くの場合、

せっかくここまで細やかな評価項目を設けているにも関わらず、

何をもって5段階の5なのか、

4なのか、

3なのか、

が定められていないため、

結局は、主観評価(つまり上司が抱くイメージによる評価)になっているからです。

 

たとえば、

「課長職にふさわしい広い視野を持ち、困難な事態にも、高度な判断力を持って、充分適切に対処できたか」

については、

 

何をもって

「広い視野」だったと言えるのでしょうか?

 

何をもって

「高度な判断力」だったと言えるでしょう?

 

何をもって

「充分適切」だったと認められるのでしょうか?

 

そして、どんなものさしに照らして、

5か、4か、3か、2か、1かを、

判定するのでしょうか?

 

このようにお訊きすると、ほぼ全ての場合、

「そこまでの基準はない」

という答えが返ってきます。

 

■たとえば、フィギュア・スケート競技は、

技術点と演技構成点からなり、

技術点には、基礎点があり、後半ボーナスが設けられ、

GOEにしたがって評価され、

特有の算出方法によって技術点が算出され、

演技構成点には、

スケーティング技術、要素のつなぎ、動作・身のこなし、振り付け・構成、音楽の解釈といった5項目について、採点され、

それらの合計に種目の係数がかけられて、

演技構成点が算出され・・・

と、できる限り採点が客観的になるように配慮が尽くされています。

 

それでもなお、主観に依るところを避けられず、

恣意的判定になるのではないかということが課題となっていると言われています。

 

もし細かな規定がなく、

「技術点と演技構成点からなる」

としか決まっていなければ、どうなるでしょうか?

 

審査員が、演技を見て、

「う〜〜ん、91.2点」

と判定したのを聞いて、選手・関係者が

「その根拠はなんですか?」

と聞いても、

「それはいえない。

ぼくが91.2点と言ったら91.2点なの!」

という答えしか返って来なければ、

「せっかく細かな採点項目が決まっていても、

肝心なところがブラックボックスだったら、意味がない!」

「結局は、主観評価なんかーーーい!」

と、誰も納得しないでしょう。

 

それを

「技術点と演技構成点からなるんです!とにかく納得しなさい!」

で押し通そうとすることが、いかに滑稽なことかお分かりでしょう。

 

■しかし、多くの企業・団体の人事評価においては、

これと同じく滑稽なことが、当り前に行なわれているのです。

 

「なぜ、わたしのこの項目の評価点数が低いのでしょうか?」

と部下から訊かれ、

「とにかくぼくが2と言ったら2なの!」

としか答えられない上司がいかに多いことでしょうか。

 

評価項目が緻密であればあるほど、滑稽なことが起きている、というわけです。

 

こうした緻密で立派な評価項目をつくること以上に、

評価者(つまり管理職となる人)には、

「何をもって、5、4、3、2、1と判定するのか」

を判断し、説明できる力が必要なのではないでしょうか?

 

たとえば、部下に対して、

「きみは、◯月◯日、あの場所で、あの人と、そのことについて話し合い、

その結果、その作業を、この程度までしっかりと進めることができた。

ただし、あの点の配慮だけが欠けていた。

なお、別の日の同様の場面では、おおよそ問題なく対処できていた。

これは当院では、半期に一度ほど見られる例で、良い事例だ。

したがって、

充分適切だったかという項目については、4だ」

……というように、上司が具体的な事象の蓄積をもとに説明できれば、

部下職員は大いに納得する可能性があるでしょう。

 

また、管理職がいずれも、このように

「言語化」することができ、

「基準定立」することができ、

事実を基準に「当てはめ」た結果を

「説明」することができれば、

評価が上司の頭というブラックボックスの中で行なわれていたものから、

だれもがそのプロセスを見ることができる客観的なものとなります。

 

そうなれば、

評価対象の部下職員も納得できることはもちろん、

管理職同士が、その基準定立や当てはめの妥当性を協議することができ、

その評価の公正性と精度に磨きをかけて行くことができます。

 

つまり、

実は、評価項目は、

上述したようなもっともらしい立派なものでなくてもよく、

項目もそれほど多くなくても良いのです。

 

小学校の通信簿のような、

本当に重要な10項目5段階評価で充分なのです。

 

部長・課長・主任・副主任と階層を細分化する必要もありません。

 

部門や部署をより良くする責任を負っている人には、

「部門や部署をより良くする」ことに関する項目が

加えられていれば、あとは同じで構わないのです。

 

「課長より部長が、理念を深く理解していなければいけない」

ということもなく、

「全員が深く理解していなければいけない」

のですから。

 

また、

「副主任よりも主任の方が、責任感がなければならない」

ということもなく、

「同じだけの責任感をもっていなければならない」

のですから。

 

■緻密で立派な評価項目を定めても良いのですが、

その前に、管理職に「基準定立」「当てはめ」「説明」ができるための

「言語化力」を修得させることの方が重要ではないでしょうか?

 

でなければ、どんなに緻密な評価項目も、主観評価になってしまうからです。

 

ただし、「言語化力」を習得するためには、

日々、多くの事例に触れなければなりません。

 

時々、座学で、教科書から学んでも、身につくことはありません。

 

毎日、

「その行動は、この点で、素晴らしいね」

「その発言は、以前のケースよりも価値がある」

「その対処は、当院の歴史から見ても特筆すべき」

「その展開は、この部署としてこれまでに類を見ないチームワークがあっての結果だ」

……など、つねに言語化していることによって、

 

なにをもって「広い視野」だったと言えるか?

なにをもって「高度な判断力」だったと言えるか?

なにをもって「充分適切」だったと認められるか?

などを、

判定し、基準定立し、当てはめることができるような「言語化力」が身につくのです。

 

■実は、これは特別な作業ではありません。

 

我が国においても、毎日行われていることです。

 

すでにお気づきでしょう。

 

そう、裁判です。

 

大事なことほど法廷に持ち込まれ、

そこでは、

「なにをもって、この条項に該当すると言えるか」

をみんなで協議し、

基準を定立し、当てはめ、説明を伴って、

判決という形で、公正かつ客観的な価値判断として、

結論を出されているのです。

 

それによって、

「こうした事例では大体このような結論になる」

という相場が形成されています。

 

相場に照らして考えるので、

当事者もより納得しやすくなり、

また、その後の同様に事案に対する判断も精度が高まるようになっています。

 

■管理職の方々で、

「そんなことをしなきゃいけないの?」

と思う方もいるかもしれません。

 

いかに、これまで

部下を見ずに業務だけを見ていれば済んでいたか、ということです。

 

「そんな時間はない」

という管理職もあるかも知れません。

 

できるだけプレイヤーとして動くことなく、

部下を適切に評価してモチベーションを上げること以上に、

管理職が担う大切な役割があるでしょうか?

 

「そんな時間はない」

という管理職は、

いかに、

自分がプレイヤーだという固定観念から目が覚めていないか、

みずから告白しているようなものです。

 

■ともあれ、病院の管理職が言語化力を習得するためには、

何よりも、

日々、多くの事例に触れることが必要となります。

 

そのためには、日々、事例が上がって来る仕組みがなければなりません。

 

そのような事例、発言や行動の情報が上がってくるためのコミュニケーション・モデル、

それが

「HIT-Bit」

です。

 

HIT-Bitを実施すると、

毎日、さまざまな事案が上がってきますので、

管理職は、

「うちの部署ではこれくらいは当たり前にできている」

「なかなか行われない取組がうちの部署で始まった」

「こんな事例が生まれた。奇跡と言ってもいい」

などの、価値判断をすることができるようになります。

 

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