■今日も、東京都の勤務環境改善支援の施策で、

医療機関において、

働き方改革に関する話をすることになっています。

 

しかし、昨今の働き方改革といえば、

もっぱら今年4月の労働法改正が主なテーマとなっています。

 

制度には強制力があるので、

どうしてもそうなってしまうのですが、

それが本当に、

健全な職場づくりの主な施策なのか?というと

必ずしもそうではない、と

つくづく感じます。

 

というのも、労働法などの制度設計によってどうにかなるのは、

「職員は働き続けるものだ」

という前提があった昭和の時代のカルチャーがあってこそだからです。

 

ところが、最近の人は、

ワーキング・プアどころか、

ワークレス・プアも辞さないこともあり、

簡単に辞めてしまいます。

 

しばらく前にもニュースになったように、

「ひきこもり歴40年」

などということが可能な時代なのです。

 

むかし、

『ロビンソン・クルーソー漂流記』を読んだことがありますが、

いまや漂流したい放題の時代といっても良いでしょう。

(ある意味、ストイック!)

 

そんな時代になっていることに、

経営者・管理職が、いまだに慣れていないため、

「職員のモチベーション」

「職員のやりがい」

「職員の定着率」

などを向上するため労働環境を整えようとするときにも、

どうしても、

制度設計や待遇改善に終始してしまうのです。

 

しかし、

同じ業界の中で、大して労働条件が異ならないのに、

定着する組織とそうでない組織があるのは、

病巣は労働条件ではないからだ、

ということに、

もう気づいても良いのではないでしょうか。

 

■従来、わが国でモチベーションの課題といえば、

「職員が持っている1のモチベーションを

どうやって3や5にするか?」

というものでした。


1が0になることはなかなか無かったので、

精神論を掲げてしごき放題…でも

成り立っていたのです。

(電通の鬼十則も、です)


しかし、社員がすぐ辞めてしまう現代では、

「職員のモチベーションが0なのを、

どうやって1にするか?」

を考えなければならない時代なのです。

 

むかしは、上司や先輩は

「この職場に来た以上、モチベーションはあるはず」

と考えており、

実際、部下や後輩も

「入ったからには頑張ります。

石の上にも3年と言いますから」

と思っていたものです。

 

ところが、昨今は、

「母から手に職をと勧められたので」

と看護師になったという人も少なくありません。

 

専門学校に入り、

病院実習を経て、

国家試験を通り、

入職して来たにも関わらず、

「大してやる気もない」

「親に言われたから」

で、ここまで来た人もいまや珍しくなく、

それはそれで、むしろすごい!

 

そんな昭和の、

科学では説明のつかないことが起きているのです。

 

■「職員は勤め続けるもの」

という前提のカルチャーでは、

「達成感を与えれば、モチベーションが上がる」

と言われて来ました。

 

みなさんも、そんな気がしているでしょうか?

 

しかし、いまのモチベーション・ゼロの職員は、

達成感なんか欲しくない!のです。

 

せっかく何かを達成させても、そこまで頑張ることにコミットしていないので、

「むしろもう二度とごめんですぅ」

となるだけです。

 

山本五十六の

「やって見せ、言って聞かせてさせてみて、

褒めてやらねば、人は動かじ」

も、モチベーション・ゼロの職員には通用しないのです。

 

「やってみせるから、見ていなさい」

「えー、嫌ですー」

「次は、説明するから、聞きなさい」

「まだ終わらないんですかー」

「いよいよ自分でやってみなさい」

「しんどいですー」

「よくできた!センスが良いな」

「もうやらなくていいですよねー」

「どうだ、もっと頑張りたくなっただろう?」

「お腹すいたー」

となるからです。

 

良い・悪いは別として、そんな時代になったことに

「驚いている場合ではない」

という客観的な事実を

経営者・管理者は、踏まえておかなければならない時代なのです。

 

「そんなの信じたくない」

と思って、認めないようにしていても、

必ず、ギャップに直面させられる時が来るのですから。

 

■さらにいえば、

一般的に、経営者・管理者は、モチベーションを上げるために、

ついつい評価とか表彰をしようとする傾向があります。

 

これも、昭和の体質なので昨今の職員には響きません。

 

そもそも、評価も表彰も、上から目線です。

 

人は誰でも、(自分からエントリーする場合以外は)

他人のものさしで測られたくないものです。

 

しかし、

「せっかく入職したからには、褒められたいよね?」

という前提があるために、ついそれを押し付けてしまうのが、

評価とか表彰なのです。

 

みなさんも、

もし、自分が好きで描いた絵について、

勝手に、好きでもなく尊敬もしていない誰かから

「かなり良いけれど残念ながら85ミヨシです。

もう少し頑張れば90ミヨシに届くでしょう」

と言われたらどうでしょうか?

 

「せっかくだから、

ぜひもうちょっと頑張って、90ミヨシをとろう!」

とは思わないはずです。

 

「だいたい、その変な単位はなんだ!

大きなお世話だ」

となるでしょう。

 

そんな、頼んでもいないのに、

他人によって上から目線で測られるのが評価とか表彰なので、

勝手に評価・表彰される方の身になってみれば

鬱陶しいだけだとわかるでしょう。

 

「ここで働き続けたい」

というコミットメントがない職員に対しては、

かえって不快感を与えることにしかならないということです。

 

■そもそも、辞めてしまうことが珍しくない時代

つまり、

「辞めることが常に選択肢の中にある時代」

なのですから、

今日も出勤して働いてくれていることに価値があることを

忘れてはなりません。

 

職員には

「あなたが話し合いのテーブルについてくれるだけで嬉しい」

という気持ちを持っていることです。

 

相手には、

テーブルについてくれない選択肢、

つまり、この職場で働かない選択肢もあるのですから。

 

なので、

経営者・管理者の価値観を押し付けるのではなく

(尊重すべき相手として目上の人に感情を伝えるのと同じで)、

いかなる職員にも、敬意と感謝を持たなければなりません。

 

言葉だけではなく、態度、

その表現力の引き出しも増やさなければなりません。

 

考えてみれば自分自身も、

頑張って働いていることに対して、

上司や同僚が

「やって当り前だ」

としか見てくれなければモチベーションは上がらないでしょう。

 

■「コーチングをすればなんとかなる」

と思っている人が多いのも、

「相手はテーブルについてくれるものだ」

という都合の良い昭和の時代の前提が抜けきらないから、

に他なりません。

 

「部下や後輩のモチベーションを上げよう」

と思うのは良いことですが、

実際、こちらがコーチングをしようとしても、

相手が2人だけの時間をとるかといえば、

もともとそんな関係性がないから、日頃のコミュニケーションがとれず、


そこでコミュニケーションの技法を学ぼうということになり、

コーチングを習っているわけで……。

 

しかし、

日頃のコミュニケーションがとれていれば、

実はコーチングはもう必要ありません。

 

■では

「どうすれば、モチベーション・ゼロの職員の

モチベーションを1にすることができるのか?」

 

「どうすればテーブルについてくれない職員を

テーブルにつかせることができるのか?」

 

「どうすれば、辞めることが常に選択肢にある職員に、

働き続けることにコミットさせることができるのか?」

 

そのための引き出しはいろいろあり、

また、

その引き出しを導き出すための公式もあるのですが、

今回ここではご紹介しきれません。

 

ただし、まずは、

「使う言葉を変えること」

をお勧めします

 

前述したように、

「評価・表彰」

はなるべくやめましょう。

 

そして、代わりに大事なのが、

「感謝と敬意」

「驚きと喜び」

です。

 

こちらのものさしに照らして良い・悪いを判断する

「評価」用語をやめましょう。

 

代わりに、本人の価値観を尊重し認める

「承認」用語を使うようにしましょう。

 

(評価用語・承認用語のリストも、いずれご紹介しましょう)

 

もはや昭和の時代の、

理屈抜きの上命下服や体育会系の

「上下関係」

は過去のものです。

 

さまざまな選択肢(引きこもる自由さえも!)もある中で、

一緒に働き続けてくれていることが

当り前ではない、と思えば、

上下関係ではなく、水平関係だということが見えて来るでしょう。

 

この発想の転換ができずに、

経営者や管理者側のものさしをいつまでも押し付けていれば、

部下職員が、

「ぜひここで頑張り続けよう」

というモチベーションを抱くことはありません。

 

重要なのは、制度設計だけでなく、

それ以上に、「関係性」を変えることだということです。

 

■(注意)

みなさんの目の前の職員の方々がコミットしていない、という意味ではありません。

 

コミットしていない感覚が当り前のカルチャーの中から来てくれた、ということです。

 

経営者・管理者は、

「入職して来た以上、職員は、

頑張って働き続けることにコミットしていて当り前だ」

と思わない方が良い、という意味です。