■人事評価は、改めて言うまでもなく、

職員を元気にするための制度という認識で間違い無いでしょう。

 

お金と働きについての最も重要な意味づけを、

組織が職員に対して示すのが、

人事評価制度という約束事だからです。

 

したがって、

人事評価制度が適正に整えられ、適正に運用されていれば、

職員は元気になっているハズです。

 

ハズですが、

「うち、そうなっていない」

現場が多いのではないでしょうか?

 

人事評価制度が形骸化しているということです。

 

せっかくの人事評価制度がある病院も、

まだこれから整備する病院も、

人事評価制度に命を吹き込み、

職員を元気にするという目的をぜひ実現されることを

お勧めします。

 

■さて、質問です。

 

まず、「総合評価パターン」です。

 

もしみなさんの職場で、人事評価制度があり、

「総合的に見て」

という一項目だけで、

「5段階評価」

によって査定されるとしたら、どうでしょうか?

 

そして、直属の上司が、

上司自身の感覚で、責任を持って評価をつける、

としたら。

 

つまり、

「なにがどうということはなく、とにかく総合評価3です」

と上司から言い渡されるだけだったら。

 

きっと、

「それは、あなたがそう感じただけでしょう!

こんなに根拠不明な評価では納得できない」

と感じるのではないでしょうか?

 

■では、もう一つ質問です。

 

次は「細分評価パターン」です。

 

同じく人事評価制度があり、

「協調性」

「計画性」

「自発的」

「指導力」

「創造的」

「責任感」

など、何十もの項目について、

 

「高度に実践できている…50点」

「相当に実践できている…40点」

「充分に実践できている…30点」

「おおむね実践できている…20点」

「やや実践できていない…10点」

とし、26点や43点といった細かく刻んだ点数で

査定されるとしたら、どうでしょうか?

 

そして、直属の上司が、

上司自身の感覚で、責任を持って評価をつける、

としたら、納得できるでしょうか?

 

つまり、

「計画性は、とにかく32です」

「創造的は、そにかく27です」

と上司から言い渡される評価だったら。

 

やはり、

「それは、あなたがそう感じただけでしょう!

こんなに根拠不明な評価では納得できない」

と感じるのではないでしょうか?

 

■結局、

総合評価パターンも、細分評価パターンも、

本質的には変わりません。

 

細分したところで、

最も重要なところは、上司の主観で決められてしまうので、

「あなたがそう感じただけでしょう!納得できない」

となるのですから。

 

しかし、ほとんど組織において、

この細分評価パターンを、

大真面目にやっているのが実情でしょう。

 

項目や点数を細分化しただけで、

結局は、上司の感覚で評価されてしまう点で、

総合評価パターンと何ら変わるところが無いのですが、

 

細分化した分、手間と時間を使って

一生懸命、感覚評価をやっている、というわけです。

 

しかし、所詮、

「上司の感覚」

ですから、部下の納得感が向上することはありません。

 

それでも大真面目にやっていることに対して、

みなさんも違和感を抱かれていたことでしょう。

 

その違和感は、正しい感覚です。

 

■では、どうなれば、

細分評価が意味のあるものになるのでしょうか?

 

それは、

「何をもって、『高度だった』と認めるのか?」

といった基準を明確にすることです。

 

これは、裁判の世界では当り前に行なわれていることで、

「判例評価パターン」

とでも名付けることができるでしょう。

 

たとえば、物事を推進した場合、

その「指導力」を評価するにあたっては、

巻き込んだ対象によって、

  • 部署の仲間何人かで進めた
  • 自分の部署全体で進めた
  • いくつかの部署を巻き込んだ
  • 大半の部署を巻き込んだ
  • 全病院を巻き込んだ
  • 他の法人を巻き込んだ

……というように、

その広さを基準にすることもできるでしょう。

 

また、たとえば、

その「計画性」を評価するにあたっては、

進め方における時間や手間によって、

  • 仲間に何度か説明をした
  • 部署内で何度も勉強会をした
  • 委員会の協力を得て職員アンケートを行なって関心を喚起した
  • 何ヶ月も前から準備をして院外への見学会を催した
  • 院長先生から大義名分をとりつけて事前に院内イベントを催してみんなを啓発した
  • 院長先生と外部の学者を引き合わせて病院全体の課題として位置付けてもらった
  • 社会運動に病院として加わるよう上層部の了解を取り付けた

……というように、

その段取りの緻密さやダイナミックさを基準にすることもできるでしょう。

 

このように具体的な言動について、

言語化し、

評価材料として情報共有することで、

判例を蓄積することができれば、

客観的に評価することが可能となります。

 

この判例評価パターンの

メリットの2つ目は、

もし、期中に人事異動によって上司が替わっても、

客観的な事実情報を記録として残しておけば、

蓄積された判例と照らし合わせて、

新しい上司も、

客観的で公正な評価をすることが可能となります。

 

その評価を他の管理職が見られれば、

上司が恣意的な評価をすることができないので、

「誰が見ても妥当な評価」

つまり

「公正な客観評価」

を実現することができるのです。

 

判例評価パターンの

メリットの3つ目は、

「このように取り組んだ」

というプロセスをも言語化し、

評価材料とすることができるということです。

 

要するに、

売上が上がったり、コストを減らすなどの

良い結果に結びつかなかったことであっても、

「どんなに素晴らしいチャレンジをしたか」

「来期以降に結果が出そうな長期的な取り組みに努めたか」

などのプロセスを、

きめ細かく評価してあげられるということです。

 

これによって、

大胆なチャレンジや、長期的な改革などにも、

職員は、労を惜しまず挑戦する勇気を持つことができます。

 

評価が下がることが怖くて萎縮してしまい、

職員が目先の利益を追いかけてしまうため

抜本的な改善や飛躍が生まれない

……といった評価制度の弊害を解消することができます。

 

また、その様子を見て、

他の職員も、のびのびとチャレンジできるようになるので、

活発な組織を実現することが可能になります。

 

■もし、このようにプロセスを語ることもできず、

頑張りぶりを説明しても聞いてもらえないなら、

対話がないので、

結局は、

総合評価パターンや細分評価パターンと変わるところがなく、

上司の主観による評価に甘んじることになってしまいます。

 

「高度か、相当か、充分か」

が、上司の感覚に任されているなら、

それは総合評価と同じなのですから、

 

部下職員が、上司の評価に対して、

「あなたがそう感じただけでしょう!納得できない」

と感じるのは、

「評価」

とは名ばかりで、形骸化しているからです。

 

「形骸化」

とは読んで字のごとく、

魂がなく、亡骸だけになっているという意味です。

 

その人事評価に、魂を吹き込みましょう。

 

「上司の感覚」

ではない。

 

誰が見ても同じ判断になるように

客観評価できるようにすること、

それが、

「人事評価に命を吹きこむ」

ということであり、

 

「頑
張ってきたプロセスや、その想いも受け止めてくれる、

血の通った人事評価を実現する」

ということです。

 

■なお、判例を蓄積するためには、

「こんなことがあった」

という大小のあらゆる事例が、

日々、現場から挙がってくる仕組みがなければなりません。

 

月一回の会議で出し合うなどの方法では、

一ヶ月分の細かな言動の事例を挙げなければならず、

不可能です。

 

では、どうすればよいか?

 

毎日の定常的な対話によって、

日々の情報を出し合うことが現実的であり、必要です。

 

そこで、患者サービス研究所では、

1日5分のコミュニケーション・モデル

「HIT-Bit」

を提唱しています。

 

HIT-Bitの具体的な方法については、

また別の機会に掲載します。

 

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