■さまざまな施策を実施するとき、
指示命令で強制的にやらせても、
最大の効果は生まれない、ということは、みなさんもご存知の通りです。

というのも、
「言われたからやる」
という動機は
「それ以上言われない程度にやる」
という行動しか生まないからです。

そこで、
多くの組織では、
指示命令によらない運営をしたいと考える傾向があります。

とりわけ、
専門資格職集団である医療機関では、
その傾向は強くなっています。

では、どうすれば、当事者意識を持って参加してもらえるか?

■たとえば、掃除について。
「掃除をしたくないけれど、でもしよう!」
というモチベーションと、
「次は、どこを掃除しようか?」
というモチベーションでは、
どちらがエネルギーが必要でしょうか?

あるいは、自転車について。
止まっている状態から、
「これから漕ぎ始める」
という時の力と、
すでに走っている状態で、
「次の角はどちらに曲がろうか」
という時の力とでは、
どちらがエネルギーが必要でしょうか?

すると、
職場における業務においても。
ある問題の解決に乗り出すのか乗り出さないのか?
という状態から
「これから、このプロジェクトで解消に乗り出そう」
という時の意識と、
すでにプロジェクトが始まる前提のもとで、
「これから、このプロジェウトをどう進めるか?」
という時の意識とでは、
どちらが当事者意識が強いでしょうか?

■つまり、何事においても、
「やる・やらない」
の判断をする時こそ、
もっとも大きなモチベーションや力が必要であり、
その段階に関わることこそが、
もっとも当事者意識を持つことになるプロセスだと言うことです。

なぜか?
「やる・やらない」
から
「やる」
を選択するときには、
「なぜやるか?」
に対する答えを自分が持つことになるからです。

『Why」
に対する答えを自分で持つから、
その動機が強いものとなるのです。

一方、
「やる」
ことが決まっている中で、
「どうやるか?」
から関わった人には、
「Why]」
の問いかけがありません。

あるいは、
問いかけが浅いので、
心に深く刺さった動機がありません。

■したがって、
職員に、
本当の当事者意識をも、
強いモチベーションを持って
施策に関わってもらいたいならば、
「やる・やらない」
の段階から関わらせることがカギとなります。

このプロセスを省略して、
「これ大事でしょ』
「大事ですね」
「このままじゃ大変なことなるよね」
「なりますね」
「こういう施策をしたいけど、関わりたいでしょ」
「関わりたいです」
と、「やる」ことありきの段階になってから
職員を巻き込んだのでは、
職員が、
深い当事者意識を持つことは難しいでしょう。

「なぜ、やるのか?」
自分に投げかけ、
「〜〜だから、自分はやるのだ」
という「やる理由」を自分の中に持った人こそ、本当の当事者となれるのです。

■とはいうものの、
「やる・やらない」
を突然持ちかけられても、
相手は、
唐突に感じるとともに、
それほど大きな問題意識もなければ、
「やらない」
を選択してしまいます。

なので、さらにもう一歩進んで
因果関係の連鎖を遡れば、
「問題意識を持たせる」
というプロセスを設けることが不可欠
ということになります。

そのためにできることは、
「日頃から、自分と同じ景色を見せる」
ということです。

委員会なら、
各委員が一人ずつ、委員ではない職員を連れて参加する。

視察にゆく時も、
首脳部だけでゆくのではなく、首脳部と同じくらいの人数の、それ以外の職員を同行させる。

経営に関するセミナーも、
役員だけが参加するのではなく、何人かの職員にも参加させる。

■さて、みなさんは、
ご自身が何かに出席する時、
「つねに、もう一人、幹部ではない職員を同席させる」
という習慣があるでしょうか?

たとえば、このメールのような
組織開発に関する情報であっても、
つねに、部下職員と共有しているでしょうか?

「役員同士なら、情報共有しているかもしれない」
と思うかもしれません。

しかし、職員に
「視野を広げて、
自分と同じ問題意識を持って欲しい」
と思うならば、
積極的に、同じ視座へと引き込むことを
習慣にされることをお勧めします。

そうしたプロセスなしに、
にわかに、
「これ、問題だよね、変えたいよね」
と言われても
部下は反対こそしませんが、
「それ、何としても自分がやり抜きたい!」
という思いを抱いてくれることはありません。

ぜひ職員の方々と情報共有して、
部下の方々から、
「組織づくりをしましょうよ!」
「わたしたちで、はじめさせてもらっていいですか!」
という声が上がってくる組織にされることをお勧めします。