「責任を取る=辞める」を卒業しよう

「責任を取る=辞める」を卒業しよう

■昨今は、
「責任を負いたくないから、役職になりたくない」
というスタッフが少なくありません。

確かに、どんなことにも「絶対にうまくゆく保証」はないので、
責任を追及されることを心配するのも無理ありません。

では、どうすれば良いでしょうか?

  1. できるだけ周囲に詳しいことを知られないように情報統制する
  2. できるだけ周囲が関与できないようん何事も一方的に進める
  3. できるだけ周囲から批判されないようコミュニケーションを減らす
  4. できるだけ周囲からの批判に抗弁できるよう理論武装する
  5. すべてオープンにする。

=====
■世間では、よく
「責任を取って辞めます」
ということを聞きます。

しかし、反対に
「辞めるとは無責任だ」
という批判もあります。

経営者・管理職もスタッフに責任を課すことが
仕事の中核である以上、
「責任を取るとはどういうことか?」
を知らなければ、
仕事が何一つできません。

■そもそも、
「責任」
とは、
「責めに任ず」
ということばが元で、

言い換えれば
「批判があった時に矢面に立ち、
最後まで逃げずに対応する」
ということです。

なので、
批判する側が、
「あなたでは納得のゆく回答が得られない。
他の者に代われ」
と主張した場合には、
「責任を取ることは、辞めること」
を意味します。

逆に、
批判する側が
「あなたが逃げずに
収集を図るべく骨を折るべきだ」
と主張した場合には、
「責任を取ることは、辞めずに
引き続き力を尽くすこと」
を意味します。

批判する側が、
「あなたではダメだ。
他の者に代われ」
と主張してもいないのに辞めるのは、
まったく
「矢面に立って最後まで逃げずに対応する」
ことになっていないので、
「無責任だ」
と謗られるのです。

■日本では、かつて武士の間に、
「切腹」
という文化があり、
みずから命を絶った場合には、
「それ以上責めるべきではない」
と考えられてきました。

それどころか、むしろ
「立派だ」
と称賛することさえありました。

散々争ったにも関わらず、
相手が切腹した途端、
「尊敬する」
とさえ言い出して、
美学に酔っているとしか言いようのない文化がありました。

これを真似て、近現代でも、
職を辞すれば、文字通り
「みずからをクビにした」
ということで、
「立派に責任を取った」
ということにしよう、という考えが蔓延したとも
考えられます。

今よりも、仕事を止めることがタブー視されていた
昭和の時代には、
それなりの重みがあったかもしれませんが、

今の時代では、
また臆面もなく他の利権にありつく政治家の世界では、
もはや
辞めることには何の重みもなく、
敵前逃亡以外の何ものでもないでしょう。

■というわけで、
経営者・管理職が、
自身にも部下にも
「責任を持ってほしい」
と思うならば、

「責任」
の意味が
「批判があった時に矢面に立ち、
最後まで逃げずに対応すること」
であると捉えることをお勧めします。

そして、
このように捉えることで、
現場が伸び伸びと進化するアグレッシブな組織になります。

なぜか?

「伸び伸びやれば
失敗もする。
とすれば、
責任を問われるのではないか?」

と思うでしょうか?

■それは、その逆です。

もし本人が、
伸び伸びと働き、
誰よりも東奔西走し、
周囲のありとあらゆる人たちの力を借り、
できる限りの手を尽くして
骨を折ったにも関わらず
良い結果が得られなかったとしたらどうなるでしょうか?

周囲は、
「あの人ほど骨を折ってくれる人はいない。
自分でもそこまではできない」
と思うので、
結果が悪くても、
「この人を責めても意味がない」
と考えることになります。

「この人でこの結果だったならば、
他の人でこれ以上に結果にはならないだろう。
もっと良い結果を出せ、とはとても言えない」
と、誰もが思います。

まして、
「辞めるべきだ」
という主張もできません。

「誰か他の者に代わるべきだ」
と言おうにも、
とって代われるほどの人がいないのですから。
それどころか、
「今期、結果が出なかったが、
来期を託せるのも、あの人をおいて他にない。
来期、
望む通りの結果が出るかどうかはわからないが、
それでもあの人に続投してほしい」
という声すら上がることになります。

■実際、
結果だけを見て
「責任を取れ」
と言って首をすげ替えてまわるような
昭和時代に培われた
粗雑で短絡的なマネジメントでは、
これからの組織に発展は無い、と
みなさんもご存知でしょう。

そしてこれからは、
前出のような、
誰よりも伸び伸びと力を尽くしてくれる人間に
活躍してもらい、
そのプロセスを見て、
周囲が協力し応援する
本質をとらえたマネジメントでなければ、
激変の荒波を乗り越えることはできません。

■具体的には、

経営者・管理職は、
(1)スタッフに対して、
「思い切り力を発揮してくれ。
そうすれば、誰も責任を取れなどと言わないぞ」
と励ますことをお勧めします。

その前提として、
(2)行動するスタッフには、
「つねにオープンにして、
頑張りぶりが
周囲から見てわかるようにしておくように」
助言することが必要です。

骨を折ってくれているプロセスが見えなければ、
周囲が、その苦労を理解できず、批判してしまうからです。

さらに、
(3)行動するうちに周囲から
意見が飛び込んでくる場合があるので、
その時には、スタッフは、
「口を出すだけでなく、
どうぞ仲間に入って、手も貸してください」
と巻き込むようにすることが大事です。

人は、自分の意見が通らないところで
何かが進められてしまうと、
納得感がなく、
批判したくなってしまうからです。

傍観者的な批判が起こらないようにするには、
当事者にしてしまう、に限ります。

■このように、
関心のある人が伸び伸びと行動する組織、
これが
自律進化組織です。

さらに、
関心のある人が伸び伸びと意見し、
どうしても重要だと思えばみずから行動して見せる。

これも、自律進化組織です。

つねにオープンで、
誰にも関与するチャンスが保証されているから、
結果が思わしくなかった時には、
関与しなかった自分にも原因があるので、
他者を責める、ということがありません。

「責任を問う」
ということが起こらないのです。

自分でコントロールする「自律」と、
他者のせいにする「他責」とは、
共存しないということです。

■したがって、
冒頭のクイズについては、

[1] できるだけ周囲に詳しいことを知られないように情報統制する
[2] できるだけ周囲が関与できないようん何事も一方的に進める
[3] できるだけ周囲から批判されないようコミュニケーションを減らす
[4] できるだけ周囲からの批判に抗弁できるよう理論武装する
・・・はいずれも、
周囲からの批判を前提としている点で、
本当の解決にはなりません。

したがって、正答は、
[5] すべてオープンにする。
と考えます。

すべてオープンにして、
誰にも関与するチャンスがあれば、
おのずと、
関与している中で最も尽力している人には、
たとえ結果がどうであれ、
批判が生まれないからです。

結果だけで人を裁くのではなく、
みんなで力を尽くして
より良くしてゆく、
いわゆる
「全員参加の総力経営」
です。

そして、それが
自律進化組織です。

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