前号からのつづき・・・
■「そうこうしているうちにも、他のゴミに紛れて箸が廃棄されてしまうかもしれない」
と思った私は、
「申し訳ございません。ともかく今すぐ探させてください」
と申し出て話をなんとか区切りました。
そして、看護助手と二人であらゆるところを探して回ったのです。
病室の前の廊下、ワゴンが通った経路、エレベーター、栄養科、廃棄物置き場、さらには、箸が行くはずもないナースステーションの中の隅々まで。
もちろん、生ゴミのバケツの中まであらためました。まだ残暑の厳しい時期だったため、強烈な匂いでした。
それでも見つからず、もう一度、病室から探して回りましたが、結果は同じでした。
そして、夜、二人で病室に患者さんを訪ね、報告とお詫びをしました。
しかし、患者さんの怒りは増すばかりです。
「とにかく、3日間、探させてください」
「それでも見つからなかったらどうするのか?」
「病院から、保険が下りますが、それは微々たる金額です。大切な娘さんからのお祝いの品の代わりには到底なりませんが、今お約束できるのはこれだけです。しかし、とにかく探します」
翌日から、わたしと看護助手は、朝の業務前と昼休み、夕方の業務後に、二人で病院の隅々まで探しました。
しかし、どうしても見つかりません。
箸が無くなった日に院内にあったあらゆる廃棄物は(一定期間保管してから廃棄することになっている特殊な廃棄物を除いては)、この日には一切、すでに院外に持ち出されてしまったと考えられました。
ついに3日が経ち、二人で報告に行くと、患者さんはもはや
「話にならない」
といった様子で、口も聞いてくれませんでした。保険で下りた数千円の賠償金相当額が入った封筒には一瞥もくれず、返事もしてくれませんでした。
私たちにも、その怒りと無念さは痛いほどわかりました。
「これで患者さんの信頼は永久に回復できない」
と私たちは思い知らされました。
それでも看護助手は、病室を出た時、こう言ったのです。
「わたし、もう少し探してみます」
こう言われて、わたしも一緒に探すことにしました。
翌日も、その翌日も、二人で時間を見つけては探したのです。
箸がなくなった日の夜、
私たち二人は、奥様から廊下でこっそり呼び止められ、
「もし、わたしどもの勘違いで、お箸がわたしたちの手元から出てきても、
主人は、ああいう人なので、頭を下げることはできません。
その時には、必ずご報告しますので、どうか主人を許してやってください」
と言われていました。
なので、患者さんの手元からお箸が出てくることへの一抹の期待を抱いていましたが、
ついに、奥様からそんなお話もないまま、日にちばかりが過ぎていました。
そして、見つかることがないまま、7日が経ってしまいました。
愛する娘さんから送られた、この世に二つとない患者さんのお箸を無くしてしまったのですから、
もはや償いようのない事態であることはまぎれもない現実でした。
しかし、日々患者さんの病室に出入りしなければならない彼女の、きっといたたまれないだろう気持ちを思うと、このままで良いはずがないとも、わたしは感じていました。
そこで、
「1週間経った。いまも患者さんの胸にはやり場のない怒りがあると思う。報告をかねて患者さんを訪ねよう」
と、彼女に提案して、二人で病室を訪ねました。
「恐れ入ります。いま、よろしいでしょうか?」
患者さんは、いつものように新聞を広げたまま、わたしたちの方を見向きもしません。
「実は、あの後、二人で毎日時間を見つけては院内をくまなく探したのですが、
やはり見つかりませんでした。お詫びして済むことではありませんが、本当に申し訳ありません」
と二人で頭を下げたのです。
《つづく》