■人は、承認されていることで、
「この世で生きていることを許可されている」
と感じることができ、
生きる希望を持つことができます。
その逆に、誰一人、自分を承認してくれなければ、
この世で生きてゆく希望を持てなくなります。
ただし、元気なうちは、周囲からどう思われてもなんとかやっていけるものです。
嫌いな人とは顔を合わせずに生きてゆくことができるからです。
しかし、もし自分が病気や老化で、人の手を借りなければ生きてゆけなくなったらどうでしょうか?
周囲の人間を選ぶことはできず。
その人たちが、自分を受け入れているのか、
いやいや接しているのか、
ビジネスだけの繋がりなのか、で
この世における居心地はまったく異なってきます。
しかも、健常でない人の人生においては、
それ以外の登場人物はほとんどいない、ということもあります。
しかも、高齢者の場合、
死ぬまでその人たちに、
「ありがとうございます」
「すみません」
と、頭を下げながら生きていかなければなりません。
しかも、その場合、
いつ死が訪れるのか、つまりいつまでこれが続くのかわかりません。
承認されない息苦しい人生だとしたら、
こんなに閉塞した人生があるでしょうか?
だからこそ、患者さんには承認したいものです。
「なんでも言ってみて。できることは力になるからね」
と。
ただでさえ遠慮している患者さんなので、
医療者の方から言ってあげることができたら、どんなに救われるでしょうか?
■ただし、これを患者さんに言ってあげるためには、
みなさんの現場の職員同士も言い合えていなければなりません。
もしみなさんが、ある患者さんからの思いがけないリクエストを持って帰った時に、
同僚が
「なぜそんなことを聞いてきたのだ」
「なぜ余計なことを聞き出したのか」
と否定的な反応をしたら、どうすることもできないからです。
同僚同士もまた、
「なんでも言ってみて。君が聞いてきたことなら、それは患者さんの声だ。
できることは力になろうじゃないか」
と互いに承認し合っているチームであれば、
患者さんにも安心して心から
「なんでも言ってみて。できることは力になるからね」
と、言ってあげられるのです。
■患者さんを承認するためにも、
職員同士が、日頃から承認し合う職場にすることをお勧めします。