ロボットになりたがる日本人

ロボットになりたがる日本人

■「日本人は、ロボットになりたがる」

と聞くと、反発したい気持ちになるかもしれません。

 

人間もロボットも仕事をこなしますが、

職場における人間の、ロボットとの違いは

仕事を忠実にこなしつつも、さらに

「本当は、こうしたい」

「本当は、悔しい」

「本当は、あのとき嬉しかった」

「本当は、こんな会社にしてゆきたい」

という価値観を持っているということです。

 

人間もコンピューターも、

情報を記憶し、加工して、新たな情報を導きだしますが、

人間の、コンピューターとの違いは、

情報の加工をしつつも、さらに

「本当は、こんなことも調べたい」

「本当は、こんな情報を発信したい」

「本当は、もっとあんなこともできるようになりたい」

「本当はこんな世の中にしたい」

という価値観を持っているということです。

 

にもかかわらず、職場で、

「本当は、こんな風にして生きたい」

「本当は、こんな会社にしてやるつもりだ」

という価値観を出し合い、力を合わせているでしょうか?

 

今日の仕事が終われば

「やれやれ」

と帰ってゆくだけならば、ロボットと変わりありません。

 

みなさんの現場は、どちらでしょうか?

 

■そもそも、日本人は、

職場で価値観を出し合う対話が少ない傾向があります。

 

異なる意見の人を尊重し、関係を保ちながら付き合うことが苦手だからかもしれません。

 

「わざわざそこまで言わなくても」

「言い過ぎれば角が立って今後に差し障る」

と考えて、言葉を飲み込んでいる人が多いでしょう。

 

あるいは、阿吽の呼吸でわかったように見せた方が賢いとでもいうような文化もあります。

 

これでは、本当の価値観を出し合うことも、

その価値観を実現して、人間らしく生きることもできません。

 

自分を殺してロボットとなることを選択しているのは、

まさに自分自身なのです。

 

■なぜ、意見交換することが必要か?

 

たとえば、多くの組織において、細やかな評価基準を設けているようで、

ルール(という名の表)を作るのは得意ですが、

大抵の場合、

「事例の当てはめ」の対話ができていません。

 

たとえば、

「充分にリーダーシップを発揮した」は評価4。

「高度にリーダーシップを発揮した」は評価5。

 

しかし、

「いつのどの言動が充分だったのか、高度といえるのか」

は誰も話し合っていないので、

上司が、

「えーっと、4!」

と、感覚でつける、というのが実情ではないでしょうか。

 

そして、

「前任の上司が、どの言動を、なぜ4とつけたのか?」

の理由づけも記録もないので、

引き継がれることもありませんから、

次の上司が来れば、

同じ言動に3をつけたり、隣の部署では5がついたりする、ということが当り前に起こっているのです。

 

密室では権限のある人の恣意に任されてしまいますから、

せっかくの細やかな評価基準も、

結局、上司の主観評価でつけるならば、

最初から、評価基準も要らないわけです。

 

■近代の日本で、

裁判所の独断が通らなくなったのは、

弁護士という職業が機能し、

対話をして「事例のあてはめ」をしてきてくれたおかげで、

「こういう時には、だいたいこういう結論になる」

という相場が形成され、

具体的な判断ができるようになったからです。

 

国の法的判断はこのように進歩しましたが、

企業内では未熟なままです。

 

評価基準はあるものの、

職員間の意見交換がなされていないので、

密室で、権力のある人の都合の良いように結論が決まってしまう傾向があります。

 

ひどい場合には、

「理事長がクビと言ったらクビ」

がいまだにまかり通っていることもあります。

 

これが裁判の話なら、江戸時代のレベルです。

 

■したがって、わたしたちは、

結果の数字だけで判断されるロボットのような立場を選ぶのか、

そのプロセスにおいてどんな意欲・姿勢・努力、トライ・アンド・エラーがあり、将来につながる働きをしたのか、を釈明し、自分の価値観を表現できる人間らしい立場を選ぶのか、

その岐路に立っていることを知っておいた方が良いでしょう。

 

ただし、

上層部・管理職は対話したくない傾向があります。

 

個別具体的な対話をするのは面倒だからです。

 

部下も主張する方法を持っていないので、

大抵の場合、言うだけ言って見て、

ダメなら諦めるか辞めるだけ、

あるいは、それでも我慢し続けて病んでしまう、ということが起きています。

 

これが日本の企業の実態です。

 

■ぜひ、業務をこなすだけではなく、

「本当はこうしたい」

「本当はこんな風にしてゆきたい」

といった価値観を出し合う職場にすることをお勧めします。

 

「本当は」という本心を出せるほど、

人間は元気になります。

 

そして、現場で、自分らしさを出して

実現できることも大きく広がります。

 

そうした対話を通じて、

経営者・上層部は、組織の職員のポテンシャルを感じることができます。

 

職員も活性化し、

組織の生産性も上がります。

 

「働き方改革」という建前によって、

余計な話を排除するほど、職員をロボット化するだけで、

だれも幸福にはならないのです。