■以前、わたしは、
医療事務職員を養成する専門学校で教員を務めていたことがありました。
高校を卒業して入ってくる学生の多くが、
大学に行くほどの向学心や受験用学力もなく、
どこか甘えていたり、諦めているところがありました。
それでも、
「人の役に立てるなら」
という優しさがあり、
とはいうものの、看護師を目指すほどの気骨はなく、
「わたし、血がダメなんで」
という理由から医療事務を選んだ、という、
感心していいのか、失望するべきなのか、
よくわからない学生もいたものです。
そんな学生たちが、入学して3ヶ月ほどで
簿記検定を受けさせられることになります。
「資格がいっぱい取れる」
といううたい文句につられて入学したものの、
自分が試験勉強するとなると、苦痛で仕方がないので、
いっぺんに学生たちの目が虚ろになってゆくのでした。
その後も、
ペン字検定を受けさせられますが、
めでたく合格して
「硬筆書写検定1級取得」
と履歴書に書いた文字がヘタウマ文字だったりで、
就職指導教員もびっくり、ということが多々ありました。
そんな学校生活の中で、
夢を持って自発的に学ぶ学生は
どうしても少数となってしまいます。
そんな中で、
「とにかく頑張りなさい」
というほど、
「先生、あたし、他の進路でもいいや」
という学生も出てくるものです。
しかし、専門学校としては、
他の進路へ就職してもらっては
翌年度以降の学生募集に響きますので、
医療従事者の道を強力に勧めることとなります。
■こんな、学生の目が輝かない学校でも良いのか?
と、疑問に感じるようになりました。
どうしたら、学生が目を輝かせて
「早く現場に出たい」
と前向きに学べるようになるのか?
を常に考えるようになりました。
そもそも、
「きみたちは、よくぞこの進路を選んでこの学校に入ってくれた。
やりがいと誇りに満ちた
素晴らしい世界が待っているから頑張ろう!」
と、その進路の素晴らしさを誰よりも伝えてあげられてこそ、
その進路の専門家が教える学校ではないのか?
■そこでわたしが最初にしたことは、
学生たちと同じように、
自分自身が病院実習をさせてもらうことでした。
それまで、教員の実習は行われていませんでしたが、
たっての希望を聞き入れて、
学校は許可してくれました。
医療現場の緊張感、
医療従事者の方々の誇り高き仕事ぶり、
自分が勤務する病院への愛着、
医療従事者として何に最も喜びを感じるか?
……などなど、
実習を通じて肌感覚で知らされたことは、
限りなくたくさんありました。
■学校では、
現場で活躍している卒業生に頼んで、
夕方、終業後に学校に来てもらい、
在校生のために、仕事の内容について紹介してもらう
シンポジウムを行ないました。
現場の様子にも、医療従事者の本音にも触れたことのない
学生たちにとって、
現場の話や働く先輩たちの話は、
リアリティに富んでいて、新鮮でした。
医事課、
医局秘書、
看護助手、
健診センター事務、
外来クラーク、
病棟クラークなど、
卒業生が就いている職種は多岐に渡ります。
それぞれについて、
それぞれの現役職員として働く先輩たちからの話を
聞くことができ、
俄然、自分がどんな仕事をしてみたいのか、
自分ごととして考えるようになる契機となりました。
■また、次に行なったのは、
看護助手体験のコーディネートでした。
ある有名病院で、看護助手のボランティアを
させてくださるということがわかりました。
そこで、
カリキュラムに実習がない1年制コースの学生が、
看護助手の体験をさせていただけるよう
学校で希望者を取りまとめ、
ボランティアに参加させていただいたのです。
さながら2年制コースの病院実習と同じように、
事前の意識づけや基本的なマナー・ルールの再徹底をして
病院に送り出し、
終了後は、実習記録をもとにして
振り返りと学びの情報共有をしました。
■その後、また機会があり、
ふたたび医療事務職員の養成に携わった時には、
学校に申し入れて、3コマ(180分)の講義を与えてもらいました。
その時間では、ひたすらVTRを観せるという授業でした。
医療現場や医療問題に関するVTR、つまり、
ドキュメンタリー、
連続ドラマ、
実在の人物をモデルにした映画、
フィクションなどなど……。
日本で初めて、厚生省との交渉を経て、
老人医療費無償化の実現を勝ち取った
岩手県沢内村の深澤晟雄村長の話のほか、
若年制アルツハイマーの発症から進行までのプロセスの
本人や家族、勤務先の状況。
臓器移植のドナー家族の心情、
レシピエント側の苦悩、
臓器移植に群がる関係者の利権、
社会の臓器移植に対する理解や認識。
そのほか、
日本における産科のくさわけとなった病院の話や、
大学病院に設けられた日本初の救急救命センター、
がん専門看護師の活躍、
……などなど。
いずれも、医療現場に携わる方々の
真摯な姿をつぶさに観ることができるものばかり。
涙無くしては観られないものも多々あり、
ハンカチを持ってくるようになった学生たちもいました。
もちろん、観る前に、
前提となる時代や社会、現場の状況について解説したり、
観た後に解説をします。
その結果どうなったか?
自分の目指す医療現場にぼんやりとしたイメージしかなく
そのための授業にもさして身が入らなかった学生たちでしたが、
毎週の授業に参加するたびに、
教室に入ってくる学生の目が真剣になってゆきました。
年度が終わる時には、
「この授業を受けるたびに、
医療の道を選んでよかったと、強く思うようになりました」
といった感想がたくさん寄せられました。
「医療の仕事は素晴らしい仕事だ。
だから勉強を頑張りなさい」
と言っても、それは伝わりません。
■モチベーションを上げるには、
説明ではなく、何が必要か?
専門学校で教員として、
学生の目が輝くようにと取り組んだことを通じて
大きな学びがありました。